カーボンニュートラルの実現に向け、再生可能エネルギーの拡大が急務となっています。
その中で、いま世界から熱い視線が注がれているのがペロブスカイト太陽電池です。
東京大学大学院総合文化研究科の瀬川浩司教授は、2012年の最初の論文発表以来この分野の世界的リーダーとして変換効率の世界記録更新を牽引してきました。
第7次エネルギー基本計画で2040年までに20GWという国家目標が掲げられた今、この技術は何をもたらすのか。
コスト論の「誤解」から、ヨウ素という希少資源の戦略的価値、そして蓄電一体型という独自技術の未来まで、瀬川教授に率直に語っていただきました。

インタビューにご協力頂いた方
瀬川 浩司(せがわ ひろし)
東京大学 大学院総合文化研究科 教授
1984年に京都大学工学部を卒業後、1989年に同大学院工学研究科博士課程を修了(工学博士)。京都大学助手、東京大学大学院助教授を経て、2006年より東京大学先端科学技術研究センター教授。現在は同センターと総合文化研究科、および工学系研究科を兼担し、次世代太陽光発電の研究を率いる。
「光エネルギーをいかに電気・化学エネルギーへと変換するか」を一貫したテーマに、色素増感太陽電池から有機薄膜太陽電池、ペロブスカイト太陽電池へと研究を発展させてきた。2012年に世界で初めてペロブスカイト太陽電池の高効率動作を報告して以来、変換効率の世界記録更新を牽引。ペロブスカイト×CIGSタンデムで変換効率26.2%を達成するなど独創的な成果を次々と生み出すほか、政府の官民協議会委員としてペロブスカイト太陽電池導入目標の策定にも貢献した。受賞歴:第2回ソーラーアワード テクノロジー部門(2013年)、田中貴金属グループ「プラチナ賞」(2014年)、科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(2019年)など。専門は太陽光発電、再生可能エネルギー、光化学、電気化学。
ペロブスカイト太陽電池のコストをめぐる「大いなる誤解」

Financial Academic Journal(以下、FAJ):先生の研究室では、ペロブスカイト太陽電池の変換効率で世界最高レベルの成果を達成されてきました。塗布プロセスで製造できるという特性は、製造コストを劇的に引き下げる可能性を秘めているとも言われます。この技術が量産段階に入った場合、太陽光発電のLCOE(均等化発電原価)や再エネ関連投資の収益構造にどのような変化をもたらすと考えられますか。積水化学やパナソニックなど企業の事業化が進む中、産学連携のあるべき姿についても、合わせてご意見いただけたら幸いです。
瀬川教授:まず申し上げたいのは、LCOEだけでペロブスカイト太陽電池を語るのは、大きな誤解を生むということです。日本では第7次エネルギー基本計画で2040年までに20GW、将来的には40GWという目標が掲げられており、各企業が工場建設を進めています。2030年代後半には年産3〜5GW規模の量産段階に入るでしょう。なので、コストが下がってくる可能性は考えれらます。だからといって、それがLCOEの議論に直結するかというと、全然話が違うんですよ。
FAJ:と申しますと。
瀬川教授:ペロブスカイト太陽電池の本質は、シリコンの太陽電池が置けないところに置く、ということです。日本はすでに単位国土面積あたりの太陽光発電設置密度が世界最高水準に達していて、メガソーラーを設置する土地確保が非常に難しくなっています。一方で、企業はRE100への対応を迫られ、サプライチェーン上の競争力確保のために再エネ100%を実現しなければならないプレッシャーが高まっている。そこにペロブスカイト太陽電池が入ってくるわけです。
瀬川教授:工場の屋根やビルの壁面など、これまでシリコンが置けなかった場所は日本中にあります。そこにペロブスカイト太陽電池を設置することで再エネ比率を引き上げられる。その場合、少し価格が高くても使うんですよ。なぜなら「置けるか置けないか」という話だからです。RE100を達成するために9割はシリコンで賄えても、残り1割を再エネで補えなければ意味がない。その1割を担うのがペロブスカイト太陽電池なんです。
FAJ:つまり、LCOEで語られているような価格競争の話ではないということですね。
瀬川教授:まさにそうです。ホルムズ海峡が封鎖されたとき、皆さんは値段が倍でも天然ガスを買いますよね。エネルギーセキュリティの観点からも、LCOEだけでエネルギー政策は動いていない。石炭火力が最もLCOEが低いからといって全部石炭にすればいいかというと、そうはいかない。同じことで、ペロブスカイト太陽電池はシリコンを「置き換える」のではなく、シリコンが届かない場所に「展開する」技術なんです。よくペロブスカイト太陽電池がシリコンをいつ置き換えるのかと聞かれますが、そんな必要はまったくないし、むしろ価格が高くてもいい。シリコン太陽電池産業が日本でなぜ衰退したかを考えると、コスト競争に巻き込まれた末に国内産業が消滅した、という歴史があります。ペロブスカイトではその轍を踏まない。付加価値で勝負し、適切な利益を確保する。それが我々の共通認識です。
FAJ:産学連携のあり方についてはいかがでしょう。
瀬川教授:大学の基礎研究の役割は、企業がまだ手を出せない5〜10年先の技術を切り拓くことです。変換効率の世界記録更新を続けることで、産業界が目指すべきフロンティアを示し続ける。一方、積水化学やパナソニックのような企業は実用化・量産化という現実的な目標に向けて動く。この両輪がうまく噛み合ってこそ、日本のペロブスカイト産業が世界で存在感を示せると考えています。
ヨウ素はレアアース並みの希少資源——日本が握る戦略的優位
FAJ:ペロブスカイト太陽電池の主要原材料であるヨウ素は、日本が世界第2位の産出国です。シリコン太陽電池のサプライチェーンが中国に一極集中している現状とは対照的ですが、この原材料面での優位性はどの程度の戦略的意義があると考えられますか。
瀬川教授:これは相当大きな意義があります。ヨウ素はレアアース並みの偏在資源なんですよ。世界の産出量を見ると、日本は約3割、チリが約6割、残りは限られた国から数%ずつしか獲れません。しかも、チリは現在、深刻な水不足によって硝石採掘が一時停止している地域があり、ヨウ素の供給にも影響が出ています。つまり、他国に依存することのリスクは中国のレアアース問題と構造的に同じです。
FAJ:シリコン太陽電池の場合は、どのような状況なのでしょうか。
瀬川教授:シリコン太陽電池のウェハーは現在、98%が中国製です。「日本製の太陽電池」と言いながら、最重要部材は事実上すべて中国産。これはレアアースと同様に首根っこを押さえられているのと一緒です。かつてシャープが生産拡大を試みた際、シリコン調達に失敗して稼働率が上がらず、コスト競争力を失った、という苦い教訓があります。ペロブスカイト太陽電池では、このキーマテリアルであるヨウ素を国内で安定調達できる。エネルギー安全保障と産業競争力の両面で、日本の立ち位置は非常に良いと思います。中国が今後ペロブスカイト電池を大量生産する場合も、日本のヨウ素を買い付けに来る可能性すらある。国産原料の確保は、サプライチェーン強靭化という観点から非常に重要です。
タンデム太陽電池が開拓する「面的展開」——ドローンから宇宙まで
FAJ:瀬川先生の研究室ではペロブスカイトとCIGSを組み合わせたタンデム太陽電池で変換効率26.2%を達成され、30%超の軽量フレキシブル太陽電池の実現可能性も示されています。ビルの壁面、電動航空機、ドローン、電気自動車など新たな用途への展開が期待されますが、どのような市場が開拓されると思われますか。
瀬川教授:まず、ペロブスカイト×シリコンのタンデムについては、市場は期待するほどには広がらないと見ています。シリコンは結晶を薄くスライスしたウェハーなので、曲げに非常に弱い。厚いガラスで保護しなければならないため、重量はほとんど変わらず、フレキシブル性も得られない。つまり設置場所の制約は従来のシリコンとほぼ変わらない。変換効率が1.5倍になっても、寿命が半分なら発電量の掛け算は0.75倍になってしまい、価格競争力がありません。これはシリコンと同じLCOEの世界で戦うことになります。
FAJ:将来性が高い組み合わせはどれでしょうか。
瀬川教授:難易度を考慮せずに将来性だけで申し上げると、オールペロブスカイトのタンデムです。ペロブスカイト同士を積み重ねることで、変換効率30%超が実現できますし、何より軽量でフレキシブルという特性が完全に活きる。そうなると、これまでシリコン太陽電池がまったく届かなかった領域——人工衛星、月面基地、ドローン、電動航空機、電気自動車の車体——こういった場所に展開できるようになります。
瀬川教授:ただし正直に申し上げると、このオールペロブスカイトタンデムはまだ基礎研究の段階で、実用化にはあと10年以上かかると見ています。塗布プロセスでタンデムの積層を作ると10層以上になり、製造の難度が飛躍的に上がる。研究室ではNEDOプロジェクトとして取り組んでいますが、簡単ではありません。ただ、投資対象としては核融合などよりはるかに実現性が高く、うまくいけばリターンも大きい。小さいセルでは既に変換効率30%を超えていますので、大面積化できれば——というのが今の挑戦です。
瀬川教授:ペロブスカイト×CIGSで共同研究していたソーラーフロンティアの事業撤退は、非常に残念でした。ソーラーフロンティアとの共同研究でCIGSを用いたタンデムで世界記録を出したのですが、その後に親会社の昭和シェル石油が出光に買収され、結果としてCIGSの製造ラインが全廃されてしまいました。現在、日本国内でCIGSを量産できる企業は事実上ありません。タンデムのボトムセルを担う産業が育つかどうか、それが今後10年の鍵を握っていると思います。
発電と蓄電の一体化——「外部回路なし」の出力制御という独創
FAJ:2003年に瀬川先生が世界に先駆けて開発された蓄電機能内蔵太陽電池について伺います。発電と蓄電を一体化するこの技術が実用化された場合、系統電力のコスト構造やIoTデバイスなどの分散型エネルギー市場にどのような影響を与えると考えられますか。
瀬川教授:蓄電機能内蔵型の太陽電池の実用化は、ソニーと共同で2009年から2014年にかけて取り組んだ研究です。最大の特徴は、外部回路なしで出力調整ができること。太陽電池と蓄電池を分けてシステムを組むと、充放電コントローラーが必要になり、それぞれにロスが生じます。一体化することでコストとロスの両方を削減できる可能性がある。
FAJ:ソニーが事業化に至らなかったのは、どのような経緯があったのでしょうか?
瀬川教授:東日本大震災で宮城の工場が津波で被災し、タイの工場も洪水で浸水するという二重の打撃を受け、さらにアメリカでの訴訟賠償の時期も重なってしまいました。この影響もあってソニーが太陽電池事業から撤退してしまい、本当に残念でした。
瀬川教授:蓄電内蔵型は、面白いアプローチではあるものの、一般的ではないため市場がありません。ただ、オンサイト発電という観点では、外付けの蓄電池よりトータルコストを下げられます。系統に頼らない分散型エネルギーシステムのあり方を変える可能性は十分あると思っています。まだ新たなビジネスモデルを語れる段階ではありませんが、基礎研究として面白いアプローチであることは間違いありません。
2040年・20GW目標の現実と、日本の太陽電池研究が勝ち抜く条件

FAJ:第7次エネルギー基本計画では2040年までにペロブスカイト太陽電池20GWの導入目標が掲げられています。現時点での耐久性やコスト面の課題と、その克服に向けた見通しをお伺いしてもよろしいでしょうか。日本の太陽電池研究が国際競争で勝ち抜くために必要な条件についても、ご意見いただけたらありがたく存じます。
瀬川教授:まず20GWというのは、現在日本に導入されているシリコン太陽電池が約76GWですから、決して過大な数字ではない。むしろ脱炭素化を本気でやるなら40GWは必要だと思います。官民協議会のレポートには「最大40GW」と記載してもらいました。
瀬川教授:耐久性については、ペロブスカイト太陽電池の材料構成にはシリコンと違って数万通りの組み合わせがあります。シリコンはもう改善の余地が限られていますが、ペロブスカイトはまだ最適解を探している途中です。その中から耐久性の高い組み合わせを選んでくれば、問題なくクリアできると考えています。あとは技術者と企業の頑張り次第ですね。
FAJ:コストについては「高くていい」とのご主張でしたが、国際競争力という観点も問われますよね。
瀬川教授:日本が国際競争で勝ち抜くための条件は、コストを中国並みに下げることではないと思います。それをやろうとすれば必ず失敗します。シリコンの歴史が証明しています。勝てる戦略は、シリコンが届かない場所への展開という付加価値型のエネルギーデバイスとして市場を押さえることです。
瀬川教授:日本には研究開発力、ヨウ素という原材料の優位性、そして世界最高水準の変換効率を達成し続けてきた実績があります。エネルギーセキュリティの観点でも、日本の石油の90%以上はホルムズ海峡を通ってきます。化石燃料への依存を減らすためにも、再エネ拡大は待ったなし。その文脈で、ペロブスカイト太陽電池は単なる発電技術を超えた、日本の経済安全保障上の重要な柱になりえます。研究者としては、その可能性を一つひとつ現実に変えていくことが使命だと思っています。
編集後記
「ペロブスカイト太陽電池はシリコンをいつ置き換えるのか」——この問い自体が誤りだ、と瀬川教授は明快に語られました。シリコンが届かない場所に展開する技術として、コスト競争ではなく付加価値で勝負する。ヨウ素という希少資源を国内に持ち、蓄電一体型という独創的アプローチを持つ日本の研究は、カーボンニュートラルとエネルギー安全保障という二つの国家的課題を同時に解決する力を秘めています。
2040年の20GW目標は通過点に過ぎない。その先に広がる、軽量フレキシブル太陽電池が宇宙から工場の屋根まであらゆる「面」を覆い尽くす未来——瀬川研究室は今日もその最前線を走り続けています。
取材・執筆:Financial Academic Journal


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